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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)4069号 判決

原告 上田典男

被告 荏原交通株式会社 外一名

主文

被告等は原告に対し各自金四十万円及びこれに対する昭和三十年三月二十四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその一を原告の、その余を被告等の各負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。但し被告等において金十五万円の各担保を供するときは当該被告に限り仮執行を免れることができる。

事  実〈省略〉

理由

成立に争のない甲第六号証の一乃至五(但し甲第六号証の一の記載中後記惜信しない部分を除く)、証人堂元久男、同高塩束(但し後記措信しない部分を除く)、同後藤昭、同鈴木豊吉の各証言並びに原告本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)を綜合し且つ各被告に対する関係において当該当事者間に争のない事実を斟酌して判断すると、昭和三十年三月二十三日午前零時過頃高塩束は被告荏原交通の営業用小型自動車(車体番号第五―五〇三五四号)を運転し、また後藤昭は被告三光自動車の営業用中型自動車(車体番号第五―八二一四〇号)を運転しいずれも制限時速四十粁を超過する時速五十乃至五十五粁を以て通称青梅街道を東京都内荻窪から新宿に向け相前後して東進し同都中野区本町通二丁目二十八番地先にさしかかつたところ先行の高塩は原告が右道路の車道(幅員十六米七十糎)を南から北に、すなわち進路を右から左に横断しようとして同行の鈴木豊吉の左側に寄添い雨傘をさしかけながら歩行しつつあるのを確認し一旦はその前面を通過し得るものと判断してそのまま進行したがその十五米位手前まで接近した際右車道の中央、都電軌道の北側線路附近に達していた原告等が自動車の近迫したのを認め原告はその場に停止したのに鈴木は向側歩道を目ざして駈け出したので高塩はとつさに原告の後方を通過する外はないと判断し制動をかけつつハンドルを右に切つたものの折柄の降雨のため車輪が都電軌道の北側線路上に乗つたまま車体を斜横にして滑走したので忽ち車体の左後部は原告に接触して原告を進路左方に撥ね飛ばしたこと、しかして後藤は高塩の運転する自動車の十二、三米左後方を追尾して来たため右自動車が前記事態のため右方に進路を変えんとして都電軌道上を滑走し始めたのにその事態を確認することができず右自動車の左方を追越そうとしてそのまま進行したところ突然原告が横転しながら進路に飛込んで来たので直ちに急制動を講じたが間に合わず瞬時にその運転する自動車の右前車輪に原告を引かけ路上約二十米の間を引摺りながら進行して漸く停車したこと、原告はこれよりさき鈴木豊吉とともに右道路の南側歩道において北側歩道に渡るべく頻繁な自動車の通過を待つた後高塩の運転する自動車が進行して来るのを確認したが深夜のこととてその速度並びに距離につき目測を誤つた結果その前方をよういに横切り向側歩道に達し得るものと判断し交通信号機の設置もなく横断歩道でもない箇所から車道に立入り前記軌道北側線路附近に到つたところ右自動車の進行が意外に早く既に約十五米の間近に迫つているのを発見したのでこれが前面を通過するのを待つべく鈴木が向側歩道まで駈け抜けたのに独りその場に立止まつたためかえつて前記事故に遭つたものであることが認められ右認定に抵触する甲第六号証の一(高塩束の司法警察員に対する供述調書)の記載部分、証人高塩束、原告本人の各供述部分はにわかに措信し難く他に右認定を覆すに足る証拠はない。従つて被告荏原交通の右認定に合致しない主張は採用しない。

次に原告が右事故により左側肋骨々折、肺損傷、左側頬、胸及び足関節擦過傷の傷害を受け加療に努めたが右肋骨々折が完治せず足関節が生理的障害を遺し跛行のやむなき状態にあることは被告三光自動車において認めて争わず被告荏原交通に対する関係においては原告本人尋問の結果並びにこれにより真正に成立したものと認める甲第一号証によりこれを認めるに十分である。

そこで原告の右受傷に対する事故当事者の過失の存否につき考えてみると、およそ自動車の運転をなす者は速度の制限を守り常に前方を注視して進行するのは勿論進路上に通行人があるときはその挙動如何によつては直ちに停車して事故を未然に防止し得るよう速度を減じ警笛を吹鳴して進行する等万全の措置を講ずべく、また先行する自動車があるときはその前方にいかなる事態が発生するかも知れないことに想到し右自動車の動静を覗い場合によつては直ちに停車し事態に備え得るよう速度に適応する間隔を保つて進行すべく殊に夜間、降雨中は視界が悪く車輪の滑走もあり得ることに鑑み一層慎重に運転すべき注意義務があるものであるが本件の場合前記認定の事実に基き判断すれば高塩及び後藤はいずれも右注意義務を怠り制限時速をはるかに超過する速度を以て進行したのみならず夜間降雨中なのに慎重を欠き高塩は原告を発見しても警笛を吹鳴した形跡がなく(前出甲第六号証の一の記載並びに証人高塩束の証言中警笛吹鳴の事実を窺わせる記載並びに供述部分は前記採用の各証拠に照して措信しない)原告の十五米位手前に近接するまでなんらの措置も講じないで進行しその後は前記経過により、これを推せば結局は高速のため自ら事故防止上不測の事態に適応して措置を講じる余裕を失うとともに原告をも去就に迷わせた結果原告を車体に接触させて撥ね飛ばし、また後藤は高速にも拘らず先行自動車との間に事故防止のため適当な間隔を保たないで進行した結果右事故の発生にも気付かず前記経緯により原告を車輪にかけて路面を引摺つたものであつて原告の受傷は右両者の過失が相俟つて生じたものといわなければならない。しかしながら飜つて考えると歩行者で歩、車道の別がある道路を横断しようとする者はなるべく横断歩道を選び交通信号機の指示に従つて横断し、さもないときは左右の乗物の進行に注視しその直前直後を避けて速かに横断すべく殊に夜間、交通頻繁な箇所においては自動車の前方を横切らうとすればその進行速度並びに距離が目測し難いうえ他の自動車が追尾して来ることもあり得るため困難を伴うのが常であるから自ら危険を冒す覚悟が必要であつて自動車の進行して来るのを認めた以上余程安全が確認された場合の外は横断を回避する等自ら危難の防止に注意を用うべきが当然であるところ本件の場合前記認定の事実によれば原告は夜間、交通信号機の設置もなく横断歩道でもない交通頻繁な箇所において高塩束の運転する自動車が進行して来るのを認めながらあえてその前方を横切らうとし目測に反して自ら去状に迷つた結果前記の経過を辿つて負傷したものであつて原告に過失がなかつたものとは到底いい難い。

しかして原告が前記受傷により物質上、精神上損害を蒙つたことはこれを推認するに難くないところ被告等がいずれもタクシー業を営むものであることは関係当事者間に争がなく前記認定の事実に証人高塩束、同後藤昭の各証言を併せ考えると当時高塩束は被告荏原交通に、後藤昭は被告三光自動車にそれぞれ運転手として傭われていたものであつて原告の右損害は被告等が前記各事業のために使用する被用者が右事業の執行につき共同して加えたものであることが認められるから被告等は原告の損害を連帯して賠償すべき義務があるものといわなければならない。

進んで損害賠償の額につき審究する。被告三光自動車に対する関係においては成立に争がなく被告荏原交通に対する関係においては証人上田俊子の証言並びに原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第二号証の一、二、同第三号証の一乃至九、右証言により真正に成立したものと認める甲第三号証の十、右証言並びに本人尋問の結果に関係当事者間に争のない事実を併せ考えると、原告は本件負傷当時満三十九歳の男子で婦人子供服仕立業を営んでいたものであるが右負傷のため昭和三十年三月二十三日から同年五月二日まで東京医科大学附属病院に入院しその後は同年八月三十一日まで小川病院に通院して治療をなしその間休業を余儀なくされたのみならず右負傷による生理的障害(跛行)のため稼働能率が低下し将来にわたり収入の減少が予想されること、しかして(一)、右治療のため(1)、入院費として(イ)、医療保護を受ける以前の実費金一万五千九百五十円、(ロ)、医療保護を受けた入室代と実際の入室代との差額金四千円、(2)、その他の治療費として(イ)輸血代金六千五百円、(ロ)、薬品代金千八百二十円、(ハ)、派出看護婦による看護料金二万三千四百円、(ニ)、蒲団賃借料金六百円、(3)、雑費として金一万九千六百八十円の各支出をなしたこと、もつとも右雑費支出の内には湯婆、食器、体温計、丹前等非消耗品と目される物品の購入費合計金三千八百六十五円が含まれていること、また(二)、前記休業のためその期間百六十二日に得べきであつたところの少くとも月額金三万円の割合による純収益合計金十六万二千円を喪失したことが認められる。更に前記認定の原告の年令、営業の性質、これによる収益額並びに負傷の程度等に徴すれば(三)、原告が受傷のことがなければ営業の継続により従前の収入を確保したであらう期間は受傷後営業を再開した昭和三十年九月一日から少くとも十五年、右期間にわたつて予想される収入の減少額は従前の収益の少くとも三分の一たる月額金一万円平均、総額にして金百八十万円であると認めるのが相当であるところこれを右期間の始期の日の額に引直すためホフマン式計算により民事法定利率たる五分の割合による中間利息を控除すれば金百二万八千五百七十一円四十銭となる。原告は右十五年間の収入減少額は月額金二万円、合計金三百六十万円であり右同様の方法により中間利息を控除すれば金二百五万七千百四十二円である旨を主張し原告本人尋問の結果中には原告の右主張額に達しないまでも原告の収入減少額が月額一万七、八千円であることを窺わせる供述があるが右供述部分はにわかに措信し難く他に右認定を超え原告の主張を肯認するに足る証拠はない。してみると原告は右(一)の支出及び(二)、(三)の利益喪失により合計金百二十五万二千五百二十一円四十銭の損害を受けたものといわなければならないが右(一)の支出の一部によつて購入された前記非消耗品は反証のない限り今なおその利益が現存するものと推認するのが相当であるからその金額三千八百六十五円を右損害額から控除した金百二十四万八千六百五十六円四十銭を以て原告の物質上の損害と認めなければならない。しかしてその他原告に精神上の損害が生じたことは前記認定のとおりであるが以上の損害につき原告の過失も競合したことは前説示のとおりであるから右過失の程度を勘酌すれば被告等の賠償すべき損害額はその総額において金四十万円と認めるのが相当である。

よつて原告の本訴請求は被告等に対し本件損害賠償額金四十万円に不法行為の日の翌日たる昭和三十年三月二十四日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を付して連帯支払を求める限度において正当として認容しその余を失当として棄却すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条但書を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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